他者ではなく自分自身と向き合う。登山で学ぶ『自己ベスト』更新の心の技術
登山で経験する「他人と自分」の比較
山を歩いていると、時に軽快な足取りで自分を追い越していく他の登山者を見かけることがあります。あるいは、同じペースで登っているつもりでも、同行者との間に自然と差がついてしまうこともあるでしょう。そのような時、「自分は遅いのではないか」「もっと体力が必要なのではないか」と感じ、少し落ち込んだり、焦りを感じたりすることもあるかもしれません。
これは、仕事や日常生活の中でもしばしば起こる状況ではないでしょうか。同僚の成果や昇進、友人の成功などを見て、自分と比較し、自身の現状に不足を感じてしまうことは珍しくありません。社会は競争の側面も持ち合わせており、他者との比較からモチベーションを得ることもありますが、過度な比較は時に自信を失わせ、不要なストレスを生む原因ともなり得ます。
しかし、登山は本来、他者と競うものではありません。山と向き合い、自分自身の足で登り、安全に下山するプロセスそのものに価値があります。そして、この「自分自身と向き合う」という登山の本質から、仕事や日常における心の持ち方や、レジリエンスを高めるための重要なヒントを得ることができます。
登山における「自己ベスト」とは何か
登山における「自己ベスト」とは、単に最速タイムで登ることや、最高難易度の山に挑戦することだけではありません。それは、その時の自身の体調、経験、そして目標とする山の状況を考慮し、最大限の力を発揮しながらも安全に計画を遂行し、そこから学びや気づきを得るプロセス全体を指します。
例えば、初めて挑戦する山であれば、登頂すること自体が自己ベストかもしれません。以前登った山でも、前回より体調管理に成功した、危険箇所をより冷静に通過できた、あるいは計画通りのタイムで歩ききれたといったことも立派な自己ベストです。他人と比較するのではなく、過去の自分、あるいは目標とする自身の姿を基準にする考え方です。
このような「自己ベスト」に焦点を当てる登山の考え方は、他者との競争や外部からの評価に左右されがちな日常において、自身の心の安定と成長のために非常に有効です。
登山で「自己ベスト」に集中するための実践
登山中に他者との比較から意識を離し、「自己ベスト」に集中するためには、いくつかの具体的な実践が役立ちます。
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自身の体調と対話する 登山の前日からの体調管理、当日の体の声に耳を傾けることが最も重要です。疲労度、空腹、喉の渇きなど、自分の体のサインを敏感に感じ取り、無理のないペースを選択します。他人のペースが速くても、自分の体が「このペースでは厳しい」と告げているなら、躊躇なくペースを落とす判断が求められます。これは、仕事で過度な負担を感じた際に、自分の心身の声を聞き、休息を取ったり、タスク量を調整したりすることに通じます。
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計画に基づき、小さな目標に集中する 登山計画を立てる際には、休憩ポイントやチェックポイントを設定します。歩行中は、遠くの山頂ばかりを見るのではなく、まずは次のチェックポイントまでの道のりに集中します。「あの大きな岩まで」「次のカーブまで」といった、実現可能な小さな目標を設定し、それを一つずつクリアしていくことに意識を向けます。これにより、果てしなく思える道のりも、一歩ずつ着実に進むプロセスへと分解されます。これは、仕事における大きなプロジェクトも、小さなタスクに分解し、一つずつ達成していくことで前進できるという考え方と同じです。
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自身の呼吸と足元に意識を向ける 周囲のペースが気になりそうになったら、意識を自身の内側に戻します。深く呼吸を整え、足が地面に着地する感覚や、筋肉の動きに注意を向けます。マインドフルネスの実践のように、今この瞬間の自分自身の状態に集中することで、外部からの刺激(他者の存在やペース)に過度に影響されにくくなります。これにより、自身の最適なペースを維持しやすくなります。
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小さな成功を認識し、自分を評価する 計画通りに休憩できた、難所を無事に越えられた、前回より少し長く歩けたなど、登山中の小さな成功体験を意識的に認識し、自分自身を労い、評価します。他者からの評価を待つのではなく、自身で自身の努力と成果を認める習慣は、自己肯定感を育む上で非常に重要です。これは、仕事においても、大きな成果だけでなく日々の地道な努力や小さなタスク完了を自分で認め、自分自身の成長を褒めることの重要性を示唆しています。
日常への応用:仕事や人間関係で「自己ベスト」を発揮する
登山で培った「自己ベスト」に焦点を当てる考え方は、仕事や日常生活にそのまま応用できます。
- 仕事の目標設定と進め方: 他の人の成果や昇進に焦点を当てるのではなく、自分自身のスキルアップ、過去の自分との比較、自身のキャリアプランにおけるマイルストーン達成に意識を向けます。無理のないペースで、しかし着実に自身の目標に向かって努力を積み重ねることで、燃え尽きを防ぎ、長期的なモチベーションを維持できます。
- 他者との比較から距離を置く: SNSなどで他者の「成功」を目にして落ち込むことがあるかもしれません。そのような時、「これはその人の『自己ベスト』であり、私の『自己ベスト』とは基準が違う」と冷静に捉える練習をします。自分自身の価値や進捗は、他者との相対的な位置ではなく、自身の内的な基準や成長度合いで測るように意識を変えていきます。
- 自己肯定感を高める: 日々の小さな努力や、自分なりに工夫した点、困難を乗り越えた経験などを意識的に振り返り、自分自身を認めます。大きな成功だけでなく、日常の中にある「できたこと」「乗り越えられたこと」に目を向ける習慣は、困難に立ち向かう心の強さを育みます。
- 自分軸を持つ: 他人の意見や評価に過度に左右されず、自分自身が何を大切にしたいのか、どのような状態でいたいのかという「心の羅針盤」に意識を向けます。これは、登山のペース配分と同様に、外部のペースに流されず、自分にとって最適な道を選ぶための基盤となります。
まとめ:自分という山を登る
登山で他者との比較を手放し、自身のペースと向き合い、「自己ベスト」を追求するプロセスは、まさに自分という山を登る行為です。そこから得られる学びは、仕事や日常生活における他者との関係性、目標達成、そして何よりも自己肯定感の向上に繋がります。
困難な局面でも、周囲に惑わされることなく自身の心と体の声に耳を傾け、一歩ずつ着実に進む力。小さな成功を積み重ね、自身の成長を認められる心。これらは、変化の激しい社会を生き抜く上で非常に有効なレジリエンスの要素となります。
次に山に登る機会があれば、ぜひ他の登山者のペースではなく、自分自身の足元と呼吸、そして心の内側に意識を向けてみてください。きっと新たな気づきが得られることでしょう。そして、その気づきを、ぜひ日々の生活の中でも実践してみてください。自分自身の「自己ベスト」を追求する旅は、あなたの人生をより豊かに、そして力強いものにしてくれるはずです。