上り坂で下を振り返る意味。登山で学ぶ『課題の見方を変える』技術
登りの「きつさ」と、足元だけを見てしまう心理
山道を登っている時、特に傾斜がきつい場所では、つい足元ばかりを見てしまうという経験は多くの方にあるかと思います。息は切れ、足は重く、視線は目の前のわずか数メートルに固定されがちです。次に足を置く場所、その次の一歩のことだけで頭がいっぱいになり、周囲の景色を楽しむどころではないかもしれません。
この状態は、仕事で目の前のタスクや課題に追われ、全体像が見えなくなってしまう状況と非常によく似ています。締め切りに追われ、困難な問題に直面している時、私たちは視野が狭くなり、状況全体を俯瞰する余裕を失いがちです。この「足元しか見えない状態」は、焦りや不安、そして「きつい」という感覚を一層強くする可能性があります。
少し立ち止まり、振り返ってみる価値
しかし、登りの途中で意識的に少し立ち止まり、あるいは勇気を出して後方を振り返ってみると、驚くほど景色が変わっていることに気づくことがあります。
登り始める前は見上げるしかなかった山肌が、今は自分の足の下にあります。遥か下に見える登山口や駐車場、そして遠くに見える町や山並みは、自分がどれだけ標高を上げたのか、どれだけ進んできたのかを明確に示してくれます。
この物理的な「視点の変更」は、心の状態にも大きな影響を与えます。足元だけを見ていた時の「終わりの見えないきつさ」から、「ああ、ここまで来たんだ」という達成感や、「あの目標(山頂)までは、あとこれくらいの距離なんだな」という客観的な把握へと意識が切り替わるのです。これにより、疲労感が和らぎ、再び歩き出すためのモチベーションが湧いてくることがあります。
「視点変更」が心の状態に与える影響
登山のこの経験から、「視点変更」が私たちの心理状態や物事への向き合い方にいかに大きな影響を与えるかが理解できます。
- 足元だけを見ている状態: 目の前の困難、短期的な課題、物理的なきつさに焦点が当たり、視野が狭く、感情的になりやすい傾向があります。
- 振り返った後の状態: これまでの進捗、全体像、目標との相対的な距離、遠い景色に焦点が当たり、客観性、達成感、再度の目標意識が生まれやすくなります。
物理的な視点を変えることが、心理的な状態を切り替えるトリガーとなり得るのです。これは、困難な状況に直面した際に、立ち止まって状況を別の角度から見つめ直すことの重要性を示唆しています。
仕事や日常における「課題の見方を変える」具体的なヒント
登山の「視点変更」の技術は、仕事や日常生活における課題解決や困難克服に応用できます。
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目の前のタスクに圧倒されそうな時:
- 立ち止まる: 一旦手を止め、深呼吸をする時間を持つ。
- 振り返る: これまで自分が何をしてきたか、どれだけ進捗したかを思い出す。プロジェクト全体の目的や、そのタスクが最終的に何に繋がるのかを再確認する。
- 別の角度から見る: 誰かの助けが必要か、タスクの優先順位は適切かなど、一人称の視点から離れて客観的に状況を評価する。
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困難な状況や問題に直面した時:
- 問題を「俯瞰する」: 問題の全体像、それが起きている背景、関わっている要素などをリストアップしてみる。特定の側面にだけ囚われていないかを確認する。
- 時間軸を変える: 短期的な視点(今すぐどうするか)だけでなく、中長期的な視点(この問題を乗り越えたら何が得られるか、将来的にどうありたいか)で考えてみる。
- 他者の視点を想像する: 関係者や異なる立場の人が、この状況をどのように見ているかを想像してみる。
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モチベーションが下がったり、自己肯定感が揺らいだりした時:
- これまでの道のりを振り返る: これまでに達成した小さな成功、乗り越えてきた困難、努力の積み重ねを具体的に思い出す。
- 最初に目指した「景色」を思い出す: なぜその目標を設定したのか、達成した際に得られる「景色」(結果や感情、状態)はどのようなものかを再確認する。
- 自分自身を客観的に評価する: 他者との比較ではなく、過去の自分自身と比較して、どのような成長があったかを認識する。
安全な登山のための視点確認の重要性
余談になりますが、安全な登山のためにも、この「視点確認」は非常に重要です。常に足元や目の前のルートだけを見ているのではなく、定期的に周囲を見渡し、地形図やコンパス、GPSで現在地と目標、そして来た道を把握することは、道迷いを防ぎ、危険を回避するために不可欠です。天候の変化や他の登山者の状況など、様々な情報を得るためにも視野を広く保つ必要があります。これは、仕事や日常におけるリスク管理や状況判断にも通じる大切な心構えと言えるでしょう。
まとめ
登山中のきつい上り坂で少し立ち止まり、後ろや周囲の景色を振り返る行為は、単なる休憩ではありません。それは、これまでの道のりを肯定し、現状を客観的に把握し、目標へのモチベーションを再燃させるための「視点変更」の技術です。
この技術を意識的に日常生活や仕事に取り入れることで、目の前の困難に囚われすぎず、より広い視野で物事を捉え、建設的に課題と向き合うことができるようになります。次に山に登る時、そして日常で「きついな」と感じる状況に直面した時、ぜひ少し立ち止まって、視点を変えてみることを試してみてください。きっと、新しい発見や、状況を乗り越えるためのヒントが得られるはずです。